旅順・203高地・鴨緑江へ。

2019年6月21日18時38分

お世話になっている方と共に中国に旅に来ています。先ずは日露戦争の激戦地でもあった旅順・203高地・東鶏冠山へ。東鶏冠山は当時のロシア軍の塹壕がそのまま残されています。写真の右側から日本軍は攻め、この道路は当時、もっと深く落とし穴になっており、落ちた日本軍は穴から射撃を受けるなどし、多くの方が亡くなりました。(日本軍は正面攻撃を止め、要塞の中まで穴を掘り攻めた跡です)戦艦の少ない日本軍はバルチック艦隊と戦うために先に旅順艦隊を殲滅しなければならない為に海軍から要請を受けて乃木希典将軍率いる第3軍が港から旅順艦隊を出すために旅順港を攻めたのですが、難攻不落の要塞となっており、その中で旅順港が一望出来る203高地に攻撃目標を変えての激戦。ここでも乃木将軍のご子息をはじめとする犠牲を出す中で、旅順を攻め落とす事になります。(203高地以降も激戦は続きました)203高地から見た旅順港。(左奥の港が旅順港)(戦後、乃木将軍とロシアのステッセル将軍の会見の場である水師営)爾霊山の碑(戦場に落ちている弾薬で作られた)はロシア語や中国語での落書きも山積されていました。現地では修学旅行などで愛国教育の場所となっているようです続きをみる

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